今年5月以降、韓国で感染が急拡大し、日本でも緊張が高まった中東呼吸器症候群(MERS)。韓国は7月に沈静化したが、中東ではその後も患者が途絶えず、世界から人が集まるイスラム教の巡礼の時期を迎え、感染拡大の懸念が再び強まっている。日本の専門家は、感染症への備えを、家庭を含む国全体で底上げする必要性を訴える。
▽新たに100人超
韓国のMERS感染は、中東から帰国した60代の男性を起点に、男性が入院した病院などで急拡大した。7月末時点のまとめで感染者は186人、うち36人が重症肺炎などで死亡した。死者の9割以上は慢性疾患がある人や高齢者など、感染症にかかりやすく重症化のリスクも高い層だった。
MERSは、患者のせきのしぶきを吸い込むなど、原因のMERSコロナウイルスが体内に入ることで感染するが、感染力はそれほど強くない。
韓国での拡大の背景には、病院の感染予防策の不十分さに加え、入院患者を大勢で見舞うなど韓国特有の習慣があると世界保健機関(WHO)は分析する。国を挙げた対策の結果、7月上旬以降は新たな患者発生はなく、韓国政府は同28日、事実上の終息を宣言した。
一方、世界の感染者の大半を占めるサウジアラビアでは、8月だけで100人超の感染が確認され、病院での集団感染も発生。9月中旬から10月中旬は、世界の数百万人が同国の聖地メッカなどを訪れる巡礼の時期に当たるため、WHOは感染のリスクが高まると警戒を呼び掛けている。
▽子どものラクダ
MERSコロナウイルスは、2012年に初めてサウジで確認された。ヒトコブラクダが人への有力な感染源とされるが、一方で、ラクダや動物との接点がないのに感染した人もかなりいる。
MERSに詳しい国立感染研究所
の松山州徳室長によると、約30年前に採取されたラクダの血液に、このウイルスへの感染歴を示す抗体が見つかっていて「ウイルス自体はかなり前からあった可能性がある」という。
動物への効果的な対策が不明な中、アラブ首長国連邦などのチームが6月に発表した研究が注目されている。同国で800頭余りのラクダを調べると、幅広い年齢のラクダが抗体を保有していた一方、ウイルス遺伝子が検出されたのは子どものラクダが中心だった。子どものラクダへの対策によって人への感染リスクを減らせるかもしれないとチームは指摘する。
なお、日本にいるヒトコブラクダにウイルスがないことは確認済みだ。
▽日本への警告
中東でも韓国でも、病院が感染拡大の主要な現場になった。病院には感染リスクが高い人が集まっているうえ、医療者は患者の体液に触れる機会もある。マスクや手洗いなど基本的な感染防御策を怠ると、病気を広げる温床になってしまう。
韓国での感染拡大を日本への警告と捉えるのは東北大の賀来満夫教授(感染症学)だ。隣国での発生に「日本でも起こり得ると再認識させられた」と話す。特に課題だと感じたのは地方での対策だという。例えば韓国との直行便は幾つもの地方空港に就航している。「感染者の入国も東京に限らない。しかし地方では、感染症の専門家や行政の人材は不足している」
「感染症に対する意識や備えの底上げを日本全体で図る必要がある」と考える賀来さんは、実践の一例として7月、MERSの家庭用ハンドブック を作製し日本医師会などのホームページで公開した。中東への旅行時は動物に近づかない、帰国後に体調を崩したら直接病院には行かず、地元保健所に電話で連絡する―などの注意も盛り込んでいる。
【Medical News】